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機関として、岐阜市の最高文章は「岐阜市民憲章」であり、それを具現化するための、最高責任者が、「岐阜市長」では、ないのでしょうか。
市民による判断を責任をと言われての共通する言語、考え方がなければ何も始まらないのでは?
「岐阜市民憲章」は、ISO1400に先行するもので、それに準じても顧客である(市民)にどうしましょうと問うのはおかしいな。
自分達(行政サイド)がどうするかであり、その結果が、市場の選択(選挙等の当落)になるのでは
○岐阜市民憲章
昭和48年3月27日
制定
わたくしたち岐阜市民は、金華山と長良川のもつ美しい自然にはぐくまれてきた伝統をうけつぎ、市民相互のつながりを強め、自由と平和を尊ぶまちをきずくため
1 自然をいかし、人間を尊重する、住みよいまちをきずきます。
1 青少年には夢、老人には安らぎのある、心のかよったまちをきずきます。
1 働くことに喜びをもち、健全に余暇を楽しむ、活気のあるまちをきずきます。
1 きまりを守り、相手の気持を大切にし、助けあいのあるまちをきずきます。
1 広く交わり、教養を高め、個性を伸ばし、豊かなまちをきずきます。
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